クーリンチェ少年殺人事件

1991 台湾

 

以前、名前だけちらっと見たことがあった作品。

長い間、権利関係でDVD化できなかったものの、

この度デジタルリマスターされたとのこと。

 

この作品では一部の字幕を除いてほとんど状況説明のシーンはない。

 

そして、舞台は1960年頃の台湾ということで、

このあたりに全く予備知識がないとわかりづらいと思う。

 

日清戦争後~第二次世界大戦まで日本の植民地であったこと、

第二次大戦後の国共内戦で破れた国民党が台湾に離脱したこと。

 

このあたりは基本的な世界史知識でもあるし、

常識的に知っていた、という人も多いだろう。

 

自分も、台湾にずっと住んでいた人たちと

上記の移住してきた人たちに(外省人内省人だったっけ)

軋轢があったことは知っていたし、

1960年ではまだ移住したばかりで、

本土に戻りたい人がいるであろうことは理解できたが、

国民党が思想統制をしていたことは知らなかった。

考えてみれば今よりもさらに緊張関係にあったはずなので

当たり前と言えば当たり前なのだが・・・

 

映画の舞台となる国立の中学校も非常に管理主義で強権的である。

 

そうした複雑な社会背景の下、上手く生きていけない人たちが出てくる。

この映画はそうした人たちについての物語である。

 

日本では日米安保反対に向かった若者のエネルギーが、

事情の異なる台湾では不良集団を作り上げたということだろうか。

 

こうした類似例としては、

バブルの異常な金銭信仰への反発の一つとしてのオウムであり、

スマホ時代の表面的な人間関係のはけ口が渋谷のハロウィーンなのかなとも思った。

 

前置きが長くなった。

根は真面目ではあるのだけど結構羽目を外す主人公の小四。

不良集団に所属しているわけではなさそうだが、

チンピラに「テストの解答教えろよ」などと言われたり、

もともと完全に部外者ではいられない環境。

 

そして、しばらくたってから登場するヒロインの小明

この子が不良集団のボスの女であることが

小四の周りにトラブルを引き起こしていく。

 

このあたりの人間関係が複雑で、

初見ではあまりわかっていないところもあった。

「対立組織と手を結ぶことがなぜ裏切りなのか」とか。

 

その後色々あってボスは死んでしまい、

よくある映画であれば主人公はヒロインと結ばれてめでたしめでたし、

となるのであるが、そうは問屋が卸さない。

 

なかなか社会背景をうまく反映させていますね。

この辺が傑作と言われる所以なんだろうな。

 

ちょっとこの後はかなりネタバレになってしまうので一応分けておきます。

 

小明は母親が住み込みで働くお家で一緒に暮らしているものの、

母親はひどい喘息持ち。

ある時発作が出た際、

もうこれ以上このお家で世話にはなれないということで

親戚の下に居候させてもらうことになるが、

露骨に迷惑がられている。

(本筋とは関係ないが、その親戚は元軍関係者で、

それを誇りにしている描写もある。)

 

寄る辺ない母親の唯一のよりどころは娘の小明

そんな境遇の彼女は無意識に男を引き付け、その庇護を求める傾向が強いのだった。

 

作中でも、実は彼女が何人も何人もそうした関係を持っていたことがわかる。

中2なので、どの程度なのかまではわからないが・・・。

 

小四も父の境遇や社会環境に感化されたのか、

そうした彼女の一面を知ったにも関わらず、幻滅という方向には向かわない。

そうやって救いを求めている彼女を、自分なら救えるはずだ、と。

 

そして、そのために親友と思っていた裏切り者小馬を排除する決意を固める。

スネ夫ジャイアンを足したような感じの彼は彼で、

満たされない思いを抱いていたことが示唆されているのだが、

女を遊びの道具としか思っていない、しかもみんなそう思っているはずだという、

身勝手なところが、小四の純粋な理想主義に火をつけてしまった。

まあその辺りも彼に友人がいない理由だろうとも思える。

 

結局、二人が直接対決することはなく、

たまたま現れた小明の空疎な気持ちを理解することのないすれ違いにより、

小四の感情が爆発し、彼女を刺殺してしまう。

 

小四は、父の尋問、自身の退学などによって自分に芽生えた、

社会の不条理への強い反発

(せめて自分は、そういうものから女の子を守ってあげたい)

という名の自己満足を小燐に糾弾されたにも関わらず、

全く省みることはできず、暴走させてしまうのだった。

 

彼女の血がついたシャツを脱ごうとしない小四の姿が、悲壮感を増している。

 

この映画では、小猫王と呼ばれている子が情に厚い好キャラクターではあるものの、

ラストシーンも含め、彼の善意はあまり報われることがないのが可哀想である。

 

4時間という長尺で、最初の方は正直少し間延びする感もあったのだが、

詰め込まれているものは非常にたくさんあり、

それをほぼ映像だけで見るものに考えさせるという点では確かに傑作といえる。

 

(闇と光の描写、よく起こる停電(これも社会的背景だろう)など、

映画技術に関しては書かれている方も多いようだが、

あまりそういう方面へのこだわりはないのでわざわざ述べることはしないでおく。)

 

果たして大絶賛の傑作、となるかどうかは置いておいて、

単純に、一度見ただけでこれだけ長めの文が書ける、

ということだけでも観た価値は十分あったかなと思った。